最近また、指導問題が浮上している。事の発端は、ありもしない指導警告と指導技官の人間的資質の問題に端を発する。では、本来指導たるイベントが行政に存在する意義と目的を明確にして、その仕組みを正しく理解しなければならない。なぜ指導をうたった恫喝が後を絶たないのか、またそこから派生する人権の侵害(誤解を招くので好きな言葉ではないが)に関して私なりに考察してみたい。
新規指導大綱が発せられて30年以上が経過している。この指導大綱の根本にあるのは、不正不当な請求の多くは、レセプト(以下レセ)1枚あたりの平均点数が高い医療機関に集まるという前提から。なので、ある年の各県のレセ平均点数の1.2倍のグループのうち上位8%が、まずは集団的個別指導に呼ばれ(質問は受け付けないシステム)翌年、前年度集団的個別指導に選定されたグループのレセの平均が県の平均点数の1.2倍のグループの上位半数(4%)が翌々年個別指導対象となる。もちろん都道府県によってその平均点は数百点も差が出てきているにもかかわらずなのだが。
(コロナ感染爆発のイレギュラーは除外―-この場合は令和3年度の個別指導が中止になったので令和3年度と令和6年度の両方にエントリーされた個別指導医療機関が令和6年度個別指導対象)
もう一つ、個別指導の対象になる事案があり、それは「情報提供」となる。何処からの情報なのかが明確にはなっていないのだが、その多くは保険者で患者の場合は本当にごく少数となる。この情報提供にしても、保険者がルールは逸脱はしていないが請求の仕方に疑義が多数存在する場合情報提供すると聞いている。また、患者が厚生局に直接電話や問い合わせをして疑義の証拠を持っている場合に限り情報提供となる場合もまれではあるがある。但し、前年度個別指導の評価として「再指導」を受けた医療機関はそちらの方が優先となるため、年によっては再指導と情報提供のみで個別指導が行われる可能性もある。結果、個別指導選定理由が様々な形になるので、この選定基準に風評と疑義が重なると考えるべきだろう。
この背景を探るため、高点数から考察してみる。本当に高点数が不正請求や不当請求が多いのかという疑義は、過去に何度も出てきたので、厚労省としてもある意味了解し、他の選定方法を模索すべく調べたが、やはりそうだったという結論になりこの新規指導大綱システムを継続することになった。しかしこれには裏があり、厚労省は自分たちの高点数と査定のデータを元に調査したに過ぎないため、当然ながらそういう結果になる。
実際の指導の現場では、指導主体の正しい個別指導を行う技官は「高点数が悪いわけではない、正しく請求しているかを指導する」という立場で粛々と指導は進み、時に指導対象者から「これほど良く理解出来た個別指導は初めて。これならもう一度勉強のために指導を受けたい。」という言葉が出るほどの素晴らしい指導もある。
しかし一方、私は立ち会いをしたことは無いが、終始重箱の隅をつつき、あらを探し恫喝罵倒する指導技官もいて、これこそが指導の現場を恐怖の現場に変えている事実もある。だからそれを背景に「個別指導に選定される」事が非常なストレスを生み、結果それを避けるために故意に診療を萎縮し本来歯科医療としてやらなければならないことをやらず、平均点を下方に移行させるおかしな診療所まで多く出現する。当然そういう診療所は集団的個別指導にすら選定されない。もちろんそれが目的だからだ。
そもそも医療費抑制とまでは行かなくとも、指導効果はこの時点で成功はしている。各診療所の収入は下がり、見かけ上の医療費も僅かに減るだろう。その時、歯科医師会がどちらのために存在しているかはなぜか不明だが、少なくとも歯科医師会は会員の財産と生活を守ろうとしていることは事実だ。しかし新規指導大綱が発せられる以前、私の周囲でも、「こういうこと」(例えば連盟を勝手に脱会)をしたから歯科医師会に目を付けられて毎年個別指導に選定されたに違いない、、や、歯科医師会の意向に反した活動しているから、とか、根拠のない風評が流布されていた。そしてそれは今でも面々と「歯科医師会に入会しなければ個別指導に選定される」など、特に都市部を中心に実際にその話をする指導技官まで現れ、歯科医師会主催でその技官の個別指導対策セミナーまで有料で開いたりしている。すると、行政の中の技官は歯科医師会と結託しているのかもしれない、、という風評が流布し、歯科医師としての権利は大きく傷つけられる。風評だろうが何だろうがかなりおかしな話だろう。
そして、それよりも何よりも、劣悪な技官に至っては、自分がルールブックだとばかりに何か勘違いをして強引な指導や査定を行い、本来の歯科医療行政自体がゆがめられている事例もあることを理解しておきたい。「私に逆らうと大変な事になりますよ」という名の指導とは一体何なのだろうか。また、それに追従するかのような歯科医師会も現に存在し、技官の顔色が歯科医療行政と同じ顔色になっている事実も記憶しておきたい。
なぜこのような技官が現れるかの私の推測だが、要は臨床を知らないだけなのだろう。そのレセプトやカルテの中で、どんな物語が展開されているのか想像がつかないのだろう。結果、重箱の隅をつつくだけつついて、そこから返戻を引き出し、何とか自分の仕事のプライドを保つのだろう。これは指導ではない。道に本気で迷っている人がいたら、土地勘があるなら教えられるが、土地勘がなければ、ネットで調べた道順をあたかも知っているように教え、道を間違えたら大変なことになると脅し、自分のプライドを保つのだ。しかし、その際、指摘した道中何が起こるかの想像は出来ない。
今度は歯科医師側の話を考えたい。こういう技官の存在の背景には、箸にも棒にもかからない劣悪な診療所の存在も現にあるということを忘れてはいけない。可能な限り不正を見破られないように、あるいは不当と知っていながらあえてそういう請求をしたり、現場の利益のみを追求するあまりの結果なのだろうが、そういう倫理観の欠如した診療所があることも事実なのだ。あるいは何をやっても上手く結果が出せず最悪の処置を患者に提供している診療所もまたしかり。両者とも患者の不利益たるや大変な物だろう。こう言う物を正すために悪を持って悪を制する理屈から劣悪指導技官がいることに目をつぶっていることは確かだろう。しかし、その他多くの正しい倫理観を持って日々の診療に携わっている歯科医師が大変な迷惑を被っている事も事実なのではないだろうか。
かつて私は、こういう診療所や歯科医師は自然に患者からの反応で淘汰されると信じていた。だから個別指導に関する諸々の悪い出来事はいずれなくなるだろうと思っていた。しかし、なくならないのだ。つまりこういう問題は、責任論ではなく原因論で解決するしかないと思っている。行政サイド、歯科医師サイドの個別の責任論では解決出来ない。あくまで原因論として議論を進めない限り問題は解決しないのではないだろうか。では果たして原因論とは何だろう。
歯科の請求の煩雑さは想像を絶する。しかも、それは歯科医師性善説からなるが故の煩雑さなのだ。私はトライケアという米国軍家族の米国版民間歯科保険診療を担当している。当初米国への請求書を作成し送った所、これは初診時から検査を至り処置までの項目が多すぎて使えないと言われた。一つの診断項目に関して必要な物を全て包括しての治療費なのだそうだ。実に簡単で、その内容は歯科医師に委ねられる。一方、患者からして見ると医学的に満足がいかない結果の場合すぐに監査請求が出来る。その狭間で無駄なくエラーなく動くために契約書が非常に精密に出来ている。詳細は避けるが、今回の考察に関しては実に原因論として整然としている感想だ。
いずれにせよ、個別指導に関わる「こうすれば個別指導になる」の風評の殆どは、根も葉もない噂に過ぎず、しかし個別指導で恫喝される事実は少数ながら現存し、かといって正規の個別指導が粛々と行われていることも事実であり、行政や歯科医師会に目を付けられると、、と言う事実も存在しない。個別指導はあくまで指導なのであるから、指導対象は高点数であろうがなかろうが毅然と受け指導する側も紳士的に毅然と指導するという本来の形を取り戻し、決して指導すること自体が目的とならないように、受ける側もきちんと理論武装をするべきなのではないか。さすれば、責任論としての横暴な非人権的な指導もなくなるだろうし、倫理観の欠如した診療もなくなるのではないかと思う。
余談だが、かつて史上最悪の改定と噂された平成18年、異常な臨床の混乱の中、某厚労省畑の議員に「そんなに大変な改定内容なら」臨床現場の苦悩と混乱をとりまとめ陳情してほしいと助言いただき、歯科医師会と保険医協会両会でその収集に走ったことがあった。しかしその話を聞きつけた某大学の同窓重鎮から「そんなことをしたら厚労省に目を付けられ、個別指導になるからやめろ」と言った類いの中止要請が来て「一体いつの時代の話なんだ?」と辟易し、むしろまだこんなことを考えている歯科医師が沢山いるんだと半ばあきれてしまい、結果資料集めが途中で頓挫し、結局何もなかったことになった事がある。重鎮が言うには「皆に迷惑がかかるから」なのだそうだ。まさかだが、そういう考えが令和のこの時代もまだ脈々とあるのなら残念で仕方がない。政治力と称して、力任せに何とかする時代もあっただろう。そしてそこに権力が集中していた時代もあっただろう。しかし、それは今時なら後に、とんだしっぺ返しに会う事がわかっていなかったのかもしれない。
さて、高点数における指導の弊害の一つに、平均点以上の点数を上げると高点数指導になるがために平均点以上の仕事はしてはいけないのだという風評を本気で信じている歯科医師がかなり多く存在している。(特にS技官の指導を受けた歯科医師会未入会の非会員とその仲間)驚くことに、この平均点数が厚労省の指示だという風評まで。これらを信じている先生方は、各県による平均点数の差をどう思っているのだろうか。A県では1000点、B県では1400点、、、、ここに疑問を持たないのだろうか。この歯科医師達の無知が図らずも昏迷している個別指導選定に少なからず影響していることもまた記憶しておきたい。
全ての国民の平等な歯科医療を受ける権利を侵害するこれらの誤った個別指導に対する認識や風評は、あってはならない事だ。ましてや、現場の歯科医師の診断以上に重要な保健診療内容の変更指示などあるべき姿ではない。歯科医師は毅然と理論とスキルの上達に努めるべきだし、その上に成り立つ保険診療請求の間違いや勘違いを正す個別指導の本来の姿こそがあるべきだと思っている。
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